「食べるってなんだろう?」2026年04月10日 10:03

「食べるってなんだろう?」と最近思うことがあります。

例えば「出汁(だし)」
カツオ節パックが売っています。カツオ風味の顆粒も売っています。カツオだけでなく小魚やアゴなど使い切りの紙パックも売っています。冷凍出汁があったり、レトルト出汁があったり。。。私たちの食卓にはどれを載せてもおかしくありません。

でも、削りたての鰹節を炊きたてのご飯に載せて食べたいのです。

そして器に残った分で、味噌汁をいただきたいし、

あとは醤油と味醂で甘辛く煮て、おにぎりの具にして食べたいのです。

でも、実際はそうできません。

つい、簡単な出汁の取り方をネット検索して「フムフム。紙パックと水をタッパーに入れて冷蔵庫で半日寝かせると、生臭くない濃いめの出汁になるのね」とならいます。

でも、削りたての鰹節を炊きたてのご飯に載せて食べたいのです。

何故か?
それは「身体と心が喜ぶから」としか言いようがありません。

お茶碗の中で思いっきり湯気をあげる炊き立てのご飯に、削りたての鰹節を載せて、ちょっとお醤油。

ところどころ、ユラユラ揺れる鰹節を見ながら顔を近づける。

もう、身体は「嬉しい」のです。

鼻腔に熱と香りが当たると「美味しい!」の予感がします。

口に含むと、その熱や温かさ、柔らかさ、香ばしさと共に、旨み、塩味などが広がります。

そして喉越し。
物質が喉を押し広げる圧力は「食べた感」をくれます。

ここまでの過程を堪能したいという欲求は何なのでしょうか。

ここを通過すれば「もうなんだって同じ」なのでしょうか。

胃から始まり各消化器官で最終的に細胞に届くまでシステムが機能してくれるのが私たちの体です。

本当は、削りたての鰹節を温かい炊きたてのご飯に載せて食べたいのに
実際は、削り節の小分けパックをレンチンご飯に載せて食べるのがせいぜいです。

消化吸収は変わるのだろうか?栄養価は変わるのだろうか?

なぜそれを私はしないのだろうか?お金か?時間か?
それとも、生きることへの根本の心構えが間違っているのか?

タンパク質は朝からしっかり摂りなさい。一汁三菜では、あと8グラム足りないから「これ」を1つ摂りなさいと言われ、一応それを守りつつ、でもやっぱり「ながら食べ」は自律神経的に齟齬をきたすよねと言い訳じみて食事をしている今日この頃です。

最後までお読みくださり、ありがとうございました。

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